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アステカの戦士

アステカの戦士は、捕まえた捕虜の数で着る衣装が違い、また、平民の学校テルポチカリ出身の戦士か、貴族の学校カルメカック出身の神官か…などでも違ったようです。

【矢の家の主 トラコチカルカトル tlacochcalcatl】(右)→ウィキペディア(英語)
【軍指揮官 トラカテカトル tlacatecatl】(左)→ウィキペディア(英語)
皇帝に仕え、都の四地区を担当し、軍隊をも指揮する、四大長官の内の二官。トラコチカルカトル(右)と、トラカテカトル(左)。
トラカテカトル
トラカテカトルが呪術師の神ショロトルの衣装、トラコチカルカトルが冥府の神ミクトランテクトリの衣装(…と、講談社現代新書の『アステカ文明の謎』で読んだのですが、英語の本(『Aztec warrior』)によると、クアショトロルQuaxolotlという女神と、ツィツィミトルであるらしい…)。
これらは、王族の中から選ばれ、次の皇帝候補がつく重要ポスト。アステカの皇帝は、戦ができないと駄目なのであった…。
【ウイツナワトル(左)と、テコヤワカトル(右)】
同じく、四人の長官のうちの二官。
高官たち
【エリート戦士集団 クアチク cuahchic】
モヒカンの戦士クアチク(…と、読むのでしょうか?)は、数々の武勲を立てた精鋭ですが、指揮官にはならずに、前線での待ち伏せや突撃などの任務を選んだエリート戦士集団らしい(貴族のみ…?)。
おやじクアチック
【戦士階級 オトミ otomi(otontin)】
勇猛なオトミ族の名前を冠した戦士階級。捕虜を5、6人つかまえた戦士がなれるらしい(貴族のみ…?)。
オトンツィン
【鷲の戦士、ジャガーの戦士 eagle warrior, jaguar warrior 】
鷲の戦士団は太陽神ウィツィロポチトリに仕え、ジャガーの戦士団は闇の神テスカトリポカに仕える。
捕虜を4人捕まえたら、平民でもなれるらしい…?(と、いうのを読んだのですが、英語ウィキだと、20以上の武勲を立てないとダメとありました…それだとハードル高いな…)
ワシとジャガーの戦士
なお、捕虜を4人捕まえた戦士は、戦でない時には、黒と黄色のマント(背景)を着用するんだそうだ。
4人捕まえた戦士
【捕虜を3人捕まえた戦士(左)と、2人捕まえた戦士(右)】
3人捕まえた戦士は、蝶の飾りの戦闘服。戦でない時は、赤に貝の絵のマントを着用。
2人捕まえた戦士は、とんがり帽子に縞の入った戦闘服。戦でない時は、オレンジ色のマントを着用。
2人と3人捕まえた戦士
ちなみに、出典は、メンドーサ絵文書(Codex Mendoza)です(ウィキペディアにも画像があります)。3人捕まえた戦士のマント、大将軍のマントとデザイン似ているんですが、これでいいのか…とか疑問があるなあ…。
マントについて
【捕虜を1人捕まえた戦士】
綿が入った服が、アステカの基本的な戦闘服。
1人捕まえた戦士は、飾りのない基本的な戦闘服を着るが、戦でない時は、花柄のマントを着用。
捕虜を1人捕まえた戦士

【戦場の神官たち】
神官たちも、戦場では戦闘服に身を包みます。
【捕虜を6人以上捕まえた神官】
コヨーテ装束。赤、黒、青、白、黄、いろいろな色があるようです。下の絵は、黒で、さらに赤い飾りがついているタイプ。
コヨーテ神官
【捕虜を5人捕まえた神官(左)と、4人捕まえた神官(右)】
捕虜を5人捕まえた神官(赤い羽根飾り)と、4人捕まえた神官(黒地に星の、とんがり帽子)。
戦闘神官ズ
【捕虜を3人捕まえた神官(左)と、2人捕まえた神官(右)】
2人と3人捕まえた神官
【捕虜を1人捕まえた神官】
1人捕まえた神官は、普通の戦士と同じく、一般的な綿入りの防具です。
黒く塗った肌と顔の赤い血は、神官のメイクです。
捕虜を1人捕まえた神官

【アステカ王の軍装】
アステカ王の軍装。いろいろなタイプの軍装があったようですが、こちらは、Codex Cozcatzinに載っている、アステカ第6代君主アシャヤカトルが、トラテロルコと戦った時の、軍装。シペ・トテック神の衣装。
シペ軍装

アステカの戦争の主な目的は、神への生け贄にする捕虜を捕まえることですが、4人捕まえたらジャガーの戦士になれるというのが本当だとすると、捕虜を一人捕まえるのは、なかなか難しいのかな…。しかも、捕虜を一人捕まえるごとに、戦士の衣装が違う…。
そうなると、実際に行われていた生け贄の数も、なんとなくわかる気もしますね。
捕虜ゲットだぜ
捕虜の逃亡
セリフは、約翰さまに教えていただいたものです(『フィレンツェ絵文書』の、第3・4書のあたりに載っているものだそうです)。
捕虜が逃げただけで、最高神テスカトリポカ様を男色者よばわり…とも思いますが、やはり、それだけ捕虜の獲得は、名誉で、かつ、大変だったんでしょうか。
(補足:作中の「男色者」について。約翰さまによると、作中のつづりはcujlonpole。cuiloniに大きさや度合いの高さを含意する軽蔑を表わす複合要素polが付いたcuilonpolの呼格cuilonpoleか?とのことです。こちらは話者が男性の場合で、話者が女性だとまた別の形になるらしい。アステカでは男色が、文化的に、肯定的だったのか否定的だったのか寡聞にして知らないのですが、フィレンツェ絵文書では「男色者」が侮辱の言葉として登場します。ただ、これとは逆に、アステカでは男色はオープンだったという話も聞きます。スペイン人征服者のカスティリョの『メキシコ征服記』を読んでいたら、行く先々で生贄と男色を目にするという記述がでてきました(でも、スペイン人から見て、征服される側を悪く書くため、野蛮な風習の例として出てくる感じですが…。91章の皇帝モクテスマ2世の描写でも、容姿や王の暮らしの様子とともに、「男色とは全く無縁だった」と書いてありましたが、なんでわざわざ書いたんだろう)。
なにはともあれ、エライ神様にむかって、こんな悪態をつけるあたりに、神と人間の親しい(?)距離を感じます。ただし、記録したのが西洋人なので、テスカ様を貶める目的もあるのでは、という説もあるそうです。
下のは、病気がいよいよ重くなった時に、テスカ様にケンカを売る場合。
もちろん、こうなる前に、私の苦しみを取り除いてください、といった、しおらしい祈願があって、いよいよダメとなったら…の最終手段らしい。
病が重くなったなら

【アステカの武器】
黒曜石の刃を埋め込んだ木の剣マクアウィトル(macuahuitl ※英語で検索すると、かっこいいマクアウィトル画像がゴロゴロ出ます)。
そして、黒曜石の刃がついた槍(tepoztopilli)。
投槍器アトラトル (atlatl) もよく使われます。
基本は、黒曜石使用の武器です。
(アステカの西の強国、銅の武器を持つタラスコ王国を征服しようとして、返り討ちにあってボコボコにされたこともあります…。)

【軍装参考サイト】
deviantARTのほうで、海外の絵師さまより、アステカの軍装の参考サイトを教えていただきました。ちなみに、後になって知ったので、上の絵は、参考にしてないものもあります…。なので、歴史的な衣装を詳しく知りたい方は、下のサイトをご覧ください。

画像いろいろ。アステカ以外の民の軍装も載ってます。
http://historum.com/war-military-history/47720-historical-armies-illustrated-aztec-empire-contemporaries.html

アステカの軍装。ランクいろいろ。PDF。
http://www.chronofus.net/wargames/aztecs/AztecShields.pdf
(2017年5月、久しぶりに見たら、「攻撃サイトとして報告されています」とグーグルで警告がでていたよ…。ウェブ調査(https://www.aguse.jp/)で調べたら、特にマルウェアなどは発見されませんでしたが、それでも用心のためにリンクを切っておきます)。

Codex Mendoza
メンドーサ絵文書。ウィキペディアにのっているページでも、軍装が見られます。
捕虜を3人捕まえた戦士はこんな格好…という記述の参考は、この絵文書です。
https://en.wikipedia.org/wiki/Codex_Mendoza

【アステカ戦士論文】
「古代アステカ社会における「戦争」の機能」井関 睦美氏(2014年)
http://ci.nii.ac.jp/naid/120005844847
アステカの戦士と、戦争の種類(侵略戦争と、いわゆる生贄を得るための儀礼的な「花の戦争」)。論文がネットで読めるのは、本当にありがたいです…。



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